視覚障害者とパソコン
1999年3月
ここ最近、パソコンを利用する視覚障害者が急増しています。しかし、以外とその実体は知られていません。例えば、目が見えないのに、どうやってパソコンを操作しているのか? パソコンを使って何をしているのか?たったこれだけのことでも、スラスラと答えられる人は少ないでしょう。そこで、このページを利用して、視覚障害者とパソコンについて、概略を解説 してみます。
深く追求しはじめると、結構ハマってゆくテーマですので、ここではごく簡単 にまとめてみました。 視覚障害者と関わることの多い、ボランティアさんたちに、視覚障害者とはそ もそもなんぞや、ということを理解してもらうためのひとつのネタになれば幸い です。
1. 視覚障害者はどのようにしてパソコンを利用しているのか?
まず、視覚障害者を、全盲者と弱視者に大別してみます。厳密にいえば、こうした二元論的なくくりかたは乱暴なのですが、便宜上、文字情報を目で認識できない程度の視力・視野・色覚レベルを全盲、なんらかの補正作業によって、文字情報を目で認識できるレベルを弱視としておきます。
全盲者の場合、これは、実際に目をつぶってパソコンに触れてみると、イメージしやすいのですが、画面情報や動作状況を示すLEDランプなどは全く認識できません。 しかし、キーボードやスイッチ類の操作、フロッピーの出し入れなどは、その配列や位置さえしっかりと把握していれば決して不可能ではありません。
そこで、全盲者の場合は、
1.画面情報や動作状況が音声でリアルタイムに出力される。
2.画面情報の任意の場所が必要に応じて音声で読み上げられる。
3.キーボードなどからの入力情報を必要に応じて音声でフィードバックする。
4.よく使うキー、スイッチ類に点字シールなどで目印をつける。
5.キーボード上に擬似的に点字の6点を割り付ける。
といったことを実現することで、かなり容易にパソコンを利用することができるようになります。 画面を読み上げさせるためのツールとしては、VDM100シリーズ(アクセステクノロジ社)、グラスルーツ(株式会社アメディア)などが一般的です。
また、ここ2年ほどの間に、Windowsを音声化する技術も進んでおり、PC-TALKER(別名 VDM100W 高知システム開発・アクセステクノロジ社)、98Reader(SSCT社)なども普及しつつあります。
キーボードにはやたら多くのキーが並んでいますから、これをすべて覚えてしまうことは結構難しいことです。そこで、たくさんあるキーの中から、6つのキーだけを抜き出して、それを 点字で言うところの1から6の点に見立て、点字表記方に従ってその6つのキーのうちいくつかを同時に押し、点字感覚でキーボードから入力操作をしようという発想も生まれてきます。
フリーソフトのBRAILLE.SYSとかニューブレイル(ニューブレイルシステム社)などが一般的です。
弱視者の場合、弱視といっても、視力・視野・色覚の状況は個人差が非常に大きくなりますから、パソコンを利用するにあたっても
1.文字の大きさ、文字間のスペース、文字の線の太さなどを自在に変更できる。
2.文字の色・背景の色、コントラストが自在に変更できる。
ことが求められます。また、目の疲れを減らす意味で、画面の基本操作部分を一部音声化することも時によっては必要となります。 画面の拡大・色調の調整などを実現するツールとしては、Windows98の[ユーザ補助機能]やZOOM-TEXT、extra(NEC)あたりが普及しています。
画面の一部音声化については、先述したPC-Talkerや98READERを併用します。
2. 視覚障害者のパソコン活用シーンについて
インターネットやパソコン通信が普及するまでは、パソコンは単なる墨字発生装置のようなものでした。晴眼者宛の手紙を書いたり、封筒・ハガキの宛名を印刷したり、会議議事録を まとめたり、とその用途は限られたものでした。 勿論、いろいろなアプリケーションソフトを利用してデータベースを作ったり プログラミングをしたり、と、これを仕事のためのツールとして活用している視覚障害者も多数存在していましたが、この場合は専門技能としての教育・訓練が必須となっていました。
ところがこの状況が、パソコン通信やインターネットの普及により、大きく変わりつつあります。
パソコンに必要なツールを組み込むことにより、すでに視覚障害者はパソコンの中に入っている墨字の情報を読み書きできるようになっています。
ネットワークとパソコンが接続されることにより、視覚障害者はネットワーク の先にある他の人のパソコンに自分で書いた文章を送り込んだり、逆にネットワークの先にあるコンピュータから欲しい文章を持ってこれるようになりました。 これの意味するところは、ひとことでいうなら [晴眼者と視覚障害者が全く同じ土俵で情報交換ができるようになる]ということになります。
点字も拡大写本も録音テープも、パソコンネットワークの中では不要です。晴眼者も視覚障害者も、ごく普通に文章を書いて相互にやりとりしていれば良いのです。
パソコンはコンピュータというよりはむしろ、コミュニケーションツールとして利用できるのです。
さらに、インターネットの普及はさらなる可能性を生み出しています。世界中に存在する膨大な数のコンピュータが相互に接続されている状態、これがインターネットです。
ここにアクセスできる手段さえあれば、視覚障害者は世界中の情報に好きな時に好きなだけ接することができるようになります。その逆に、自分の発信したい情報をいつでも即座に世界中に発信することもで きるようになります。
視覚障害者の大きなハンディのひとつは情報の入手・発信手段が極めて限定さ れていることですから、上のようにインターネットを利用した情報入手・発信が自在にできるようになれば、少なくともこの世界でのハンディは消滅したも同然 といえます。
そして、この世界(インターネット社会)は今もなお、膨張を続け、現実社会 のあらゆるものを飲み込みつつ成長しています。視覚障害者がここに根をおろすことができれば、現実社会における様々なハンディや不自由さから解放され、読書・買い物・仕事・趣味などあらゆることが可 能になってきます。
視覚障害者とパソコンの関係は、パソコンが使える、使えない、というレベル ではなくて、パソコンを利用していかに快適にネットワーク社会を生きてゆくかということにシフトしつつあると言えましょう。パソコンの操作取得、文書入力のしかた、ネットワーク利用のためのソフトの扱い方などなど、基礎項目として必須なことは多くありますが、決してこれは目的ではないことだけは認識しておいて下さい。
すべてはネットワーク社会を快適に生きるための手段に過ぎません。
ですから、視覚障害者に対するパソコン技能訓練、操作教育は、これからはで きる限り効率的かつ標準化されたものになってゆく必要があります。
そのためにはディファクトスタンダード(事実上の標準)となりうる各種ツー ル類の整備・拡充、教育ノウハウの標準化と体系化が必要です。
ボランティアの皆様たちには、こうした状況も理解して頂き、新たなボランテ ィア活動の領域として考えてみるのも面白いかもしれませんよ、とここで表明しておきます。